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名古屋地方裁判所 昭和32年(行)21号 判決

名古屋市南区三新通り三丁目八番地

原告

早川義春

右訴訟代理人弁護士

森健

右訴訟復代理人弁護士

花田啓一

名古屋市中区南外堀町六丁目一番地

被告

名古屋国税局長

奥村輝之

右指定代理人

松崎康夫

天野俊助

須藤寛

大野敏夫

右当事者間の昭和三二年(行)第二一号課税処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三二年七月三日なした原告の昭和三〇年分所得税の総所得金額を金五三万三、七〇〇円と訂正する旨の審査決定中、金三一万〇、六〇〇円を超過する部分はこれを取り消す。」との判決を求め

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二当事者双方の主張

原告訴訟代理人は、請求原因として

一  原告は、名古屋市南区泉楽通二丁目丸中公営市場で青果小売商を営んでいる者である。

二  原告は、昭和三〇年度分所得税につき、熱田税務署長に対しその総所得金額を金二〇万円として確定申告したところ、同税務署長は、昭和三一年七月六日これを金六〇万六、三〇〇円とする旨の更正決定をなしたので、原告は、右決定に対し同税務署長宛再調査の請求をしたが棄却された。

三  そこで、原告は、右棄却決定につき被告に対し審査請求をなしたところ、被告は、昭和三二年七月三日付で、原処分の一部を取り消して総所得金額を金五三万三、七〇〇円とする旨の審査決定をなし、右決定通知書は同月五日原告に到達した。

四  しかしながら、原告の昭和三〇年度中所得は金三一万〇、六〇〇円であつたから、右決定のうち、請求の趣旨で取消を求めている部分は違法であつて取り消さるべきものである。

と述べた。

被告指定代理人は、答弁並びに被告の主張として

一  請求原因第一項ないし第三項の事実は認めるが(但し、第三項中、原告が被告から審査決定の通知を受けた日時は、昭和三二年七月一八日頃である)、第四項の事実は争う。

二  被告が昭和三〇年度分原告の所得金五三万三、七〇〇円と認定した処分は正当であつて、その算定の内訳は次のとおりある。

(一)  総収入金額 四九二万七、〇三九円

内訳

(1) 売上金 四九一万九、八三九円

(2) 雑収入金 七、二〇〇円

(二)  総支出金額 四三九万三、二四一円

内訳

(1) 売上原価 四〇九万五、二七四円

(イ) 期首在庫 二万五、〇〇〇円

(ロ) 仕入金額 四〇九万五、二七四円

(ハ) 期末在庫 二万五、〇〇〇円

売上原価=(イ)+(ロ)-(ハ)

(2) 必要経費 二九万七、九六七円

内訳

(イ) 公租公課 四、五〇〇円

(ロ) 電灯料 一万二、〇〇〇円

(ハ) 組合費 六、〇〇〇円

(ニ) 修繕費 二万六、〇〇〇円

(ホ) 包装費 二万八、〇〇〇円

(ヘ) 宣伝費 七万四、四六〇円

(ト) 氷代 九、〇〇〇円

(チ) 燃料費 三万七、〇〇〇円

(リ) 消耗品費 四、八〇〇円

(ヌ) 雑費 三、六〇〇円

(ル) 市場家賃 五万四、七五〇円

(ヲ) 雇入費 一万〇、五〇〇円

(ワ) 減価償却費 二万七、三五七円

(三)  差引所得金額 五三万三、七九八円

なお、被告が認定した原告の仕入金額は前叙の如く金四〇九万五、二七四円であるが、その月別仕入金額は別紙記載のとおりである。しかして、この点に関する被告の認定が正当であることは、次の如き事実に照してもこれを肯認することができる。すなわち、右月別仕入金額のうち、二月ないし十一月分のそれは、原告が本件審査請求の際に申告した月別仕入金額と一致しており、また、一月分及び十二月分のそれは、原告の帳簿記入と一致しているのである。また、原告は、六月に二日間、十月に五日間の各売止めを受けたのであるが、右売止期間中においても、父や兄の名義で市場から仕入をして営業を継続していたので、被告は、原告の右売止期間中の仕入金額は、当該月分における売止期間外の仕入金額を、同月分の売止期間以外の日数で除して一日当りの平均仕入額を算定し、これに売上日数を乗じて、各売止期間中の仕入金額を算定したものである。

と述べた。

原告訴訟代理人は、右被告の主張に対する答弁として

一  被告主張の収入金額中、雑収入金は認めるが、売上金は、被告主張の如く四九一万九、八三九円ではなくて四四六万二、〇〇〇円である。

二  被告主張の支出金額中、売上原価の期首在庫及び期末在庫は認める。仕入金額は、被告主張の如く四〇九万五、二七四円ではなくて三八七万一、四九〇円である。必要経費は、うち電灯料は金一、五〇〇円、減価償却は金二万七、〇〇〇円である外、すべて、被告主張のとおりであることは認める。

三  原告は、昭和二九年一二月開店したばかりの小規模な青果専業小売商であるうえ、その仕入先は、中央卸売市場内の名古屋市青果商業協同組合のみに限られていたから、被告主張のような仕入及び売上はなかつたのである。

と述べた。

第三証拠

原告訴訟代理人は、甲第一号証から第六号証を提出し、証人孫田謙次、河瀬猛、脇田嘉允の各証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第三号証、第五号証の各一、二の成立は認めるが、その余の乙号各証の成立は知らないと述べ

被告指定代理人は、乙第一号証から第四号証、第五号証の一、二を提出し、証人寺尾武の証言を援用し、甲第二号証から第四号証の各成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は知らないと述べた。

理由

一  原告は名古屋市南区泉楽通り二丁目丸中公営市場で青果小売商を営んでいる者であるが、昭和三〇年度分所得税確定申告に際し、所轄熱田税務署長に対しその所得金額を金二〇万円として申告したところ、同税務署長は昭和三一年七月六日付で所得金額を六〇万六、三〇〇円とする決定処分をなし、原告は、同署長宛再調査の請求をしたが棄却されたので、右棄却決定につき被告に対し審査請求をなしたところ、被告は、昭和三二年七月三日付で原処分の一部を取り消して所得金額を五三万三、七〇〇円とする旨の審査決定をなし、その旨原告に通知したことは当事者間に争がない。

二  しかるところ、原告は、昭和三〇年度分の所得は金三一万〇、六〇〇円である旨主張するところ、その算定の基礎たる原告の総収入金額及び総支出額は売上金、仕入金並びに電灯料及び減価償却費を除き、すべて、被告主張のとおりであることは当事者間に争がない。

よつて、以下においては、争のある原告の収入(売上金)及び経費(特に、仕入金)につき判断する。

(一)  凡て、所得税法に基く事業所得につき、その的確なる所得金額を把握するためには、その前提として、納税者において収入支出を明確に記載し、以て、取引の実態を正確に記帳した諸帳簿を整備保存することを要すべきところ、本件各証拠によると、原告は、昭和三〇年度分の取引については、その一部を記帳した帳簿を備え付けていたに過ぎなかつたため、被告が、同年度分の原告の所得金額を原告の帳簿のみによつて計算することは不能もしくは著しく困難であつたことが認められる。したがつて、被告が原告の所得計算に際し、所謂推定計算の方法により、仕入金額を基礎として売買差益率を乗ずることによつて売上金額を算出したことは、一応、合理的な方法というべく、これを採用することについては、原告も、とくに争つているとは認められないのである。

(二)  そこで、先ず、原告の仕入金額につき考えるに、いずれも成立に争ない乙第三号証、第五号証の二、甲第三号証、いずれも証人寺尾武の証言によつて真正に成立したことを認め得る甲第一号証、乙第一号証を仔細に彼此対比して検討し、これらと証人寺尾武の証言を総合すると、原告の同年度分仕入金額は、少くとも、被告の算定の如く市場仕入三九四万二、三七五円、市場外仕入一五万二、八九九円(うち、九万六、七一八円は売止め期間中の仕入であるが、この点は、後に触れる)合計金四〇九万五、二七四円であつたものと認めるを相当とし、甲第五、第六号証並びに証人河瀬猛、脇田嘉允、孫田謙次の各証言及び原告本人の供述を以てしては、とうてい、右認定を覆すに足らず、他に、これを左右するに足る証拠はない。犬も、前顕各証拠によると、原告は、同年六月中に二日間、同年十月中に五日間、中央青果市場から売止めを受けたことが認められるのであるが、右乙第三号証と証人寺尾武の証言を総合すると、原告は、右売止め期間中においても、青果業を営む実父或は実兄の名義で市場から仕入をして営業を継続していたかに窺われるのである。したがつて、右売止め期間中の仕入金額は、もとより、原告の同年度分の仕入金額に算入さるべき筋合であるところ、他に、特段の資料なき本件では、この間の仕入金額の算定は、当該月分における売止め期間外の仕入金額を、同月分の売止め期間外の日数で除して一日当りの平均仕入額を算出し、これに売止め日数を乗じて、各売止め期間中の仕入金額を算定するを相当とするから、このような方法により、同年六月の売止め日二日分の仕入を金三万二、〇六〇円とし、同年十月の売止め日五日分のそれを金六万四、六五八円合計金九万六、七一八円と推計した被告の算定はこれを肯定し得るのである。

(三)  次に、前記乙第三号証、証人寺尾武の証言によつて真正に成立したことを認め得る乙第二号証と証人寺尾武の証言を綜合すると、原告は、係争年度の翌年たる昭和三一年度においては、年間の仕入及び売上を記帳した帳簿を備えていたこと、そこで、名古屋国税局協議団の協議官たる訴外寺尾武は、右帳簿を基礎とし、これに市場の資料ないしは仕入先の照会等による調査結果を加味して乙第二号証を作成したこと、そして同号証によると昭和三一年度の差益率は一六・七六%であることが認められる。しかるところ、前記乙第三号証と証人寺尾武の証言を綜合すると、昭和三〇年当時における青果業の差益率は、一般に、約一九ないし二〇%であつたこと、原告の実兄が、原告方からほど遠からぬ道徳市場において、原告と、ほぼ、同一条件で青果業を営んでいたが、その差益率は一六%以上であつたこと、原告自身も、当時においては、昭和三〇年度と翌年度の差益率に大差なきことを自認していたことが認められ、これと本件口頭弁論の全趣旨を総合考察すると、昭和三〇年度の差益率は翌三一年度のそれと、さして、相異るところなきものと推認し得る。それ故に、原告の係争年度の差益率を一六・七六%とした被告の差益率の算出は、一応の合理性あるものというべく、他に、これを排斥するに足る特段の理由なき以上、右差益率を採用することは適法であると解される。

そこで、以上の如く差益率を一六・七六%とし、前記(二)摘示の仕入金額四〇九万五、二七四円を基礎として売上金額を計算すると、被告主張の如く金四九一万九、八三九円となる(仕入金額÷((1-差益率))=売上金額。409万5.274円÷((1-0,1676))=491万9,839円)。したがつて、この点に関する被告の算定に違法ありとは言い難い。

(四)  原告は、係争年度における必要経費中電灯料は金一、五〇〇円、減価償却費は金二万七、〇〇〇円である旨主張する。しかしながら、被告の算定にかかる電灯料は一万二、〇〇〇円、減価償却費は金二万七、三五七円であつて、いずれも、原告の自認する以上の額を損金として計上しているのであるから、この点に関する認定は、本訴の結論に影響なきものというべきであるが、いずれも成立に争ない乙第五号証の一、二、当裁判所が真正に成立したと認める乙第四号証によれば、右電灯料及び減価償却費は、それぞれ、被告主張の如きであることが認められる。

三  上来説示のとおりであるから、原告の昭和三〇年度分所得を金五三万三、七〇〇円とした被告の審査決定には、いささかの違法もない。よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口正夫 裁判官 可知鴻平 裁判官 阿部功)

月別仕入金額表

〈省略〉

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